Category: #31 of 72 Seasons

蒸気機関車のための給水塔がつくりだす景色が美しいトリニダー駅 Estacion de Trinidad
トリニダー 街の中心から少し離れた場所にある『トリニダー駅(Estacion de Trinidad)』。かつての大規模なサトウキビ農園と工場があるマナカ・イスナガ駅とを繋ぐ蒸気機関車の出発駅。1日1便の運行ということで時間があわず蒸気機関車には乗れませんが 見るだけでもと思い行ってきました。駅までは街の中心部から真っ直ぐ道が続いていて ここをひたすら進むだけ。といってもじっとしているだけで汗がでてくる程の暑さなので わずかに残った日陰をのんびり歩きます。 少しすると美しい石畳の街道が終わり カラフルな家が並ぶ住宅街へ。 小さな十字路の角にあったフルーツスタンド。 さらに進むと次第に舗装された道路が土に代わり 車よりも馬を多く見かけるようになりました。あまりにも馬が生活に馴染んでいるので 普段なら警戒してあまり近づかないのに 気づいたら家の前に繋がれている馬の真横を素通り。 もちろんここにも馬車の標識。この標識が街の長閑さを強調しているような気がします。賑やかで鮮やかな街の中心部も良いけれど 全体的に褪せたこの通りの雰囲気もたまらない。 そしてようやく目的のトリニダー駅に到着。こじんまりとした屋根があるだけで目につく看板などはなく 電車が走っていない今は憩いの場のよう。奥に見える青い建物がおそらく切符売り場。蒸気機関車は観光客に人気で 運行時この辺りはたくさんの人で賑わっているそうですが 今は観光客どころか人がほとんどいません。 観光の蒸気機関車に乗る駅のホームはここですが 地図でみるとさらに奥にもなにやらありそうだったのでもう少し先まで歩いてみます。 線路の先にむかし絵本で見たような風景が広がっていて興奮してきました。錆びた給水塔に放牧された馬。その奥にあるのはおそらく蒸気機関車で引く木製の客車。とても絵になる風景。 その向かいには大きな蒸気機関車。正面部分が外されていて今も現役なのかどうかわかりませんが おそらくかつてサトウキビを運んでいたアメリカ製の蒸気機関車。なんてカッコイイ。というか ここにあるもの全てがカッコよくて最高。 夢中になって写真をとっていたら 通りかかった地元のおじさんに「そんなにおもしろい?」と笑われてしまいました。やはり長い年月を経たものは 新しいものにはない味わいがある。炎天下の中頑張って歩いてきてよかった。 トリニダー駅 Trinidad Railway Station

絵葉書のような街並みを一望できる市立歴史博物館 Museo de Historia Municipal
トリニダー バスターミナルのすぐ近くにある『市立歴史博物館(Museo Historico Municipal de Trinidad)』。高い建物が少ないこの街で 革命博物館とこの市立歴史博物館の塔は街を一望できる良いスポットになっています。博物館となっている建物は サトウキビ農園を営んでいた富豪の個人邸宅だったもの。この立派な建物や展示されている調度品をみると 当時どれだけサトウキビ産業が盛んだったかということが伺えます。 アーチを支える柱が並ぶ中庭に面した廊下を移動しながら各部屋を見て行きます。 広いキッチンでは当時使用されていたという生活用品なんかも展示されていました。どれもとても古そうですが 磨けばまだまだ使えそうな雰囲気。 ここでもいくつか革命軍に関する展示が。熱心に見ているとスタッフの人が気さくな感じで話しかけてくれて スペイン語の説明が読めないのでとても助かりました。 途中すれ違うことが難しい細い階段をのぼって2階のフロアへ。 さらに狭い螺旋階段をのぼって塔の屋上へ。狭いので混んでいるときは登るタイミングが難しい。 こじんまりとした屋上へ到着。何かジンクスのあるスポットなのか なぜかここには落書きがたくさん。3階くらいの高さのはずだけど遮るものがないので 遠くの方までよく見渡せます。 山をバックに先ほど訪れた革命博物館の塔も見えました。オレンジの瓦屋根と緑が混ざって最高の眺め。 この豊かな暮らしは サトウキビ産業を支えるアフリカから連れてこられた人々の上にあったという歴史を知る場所でもある。そんなことをぼんやり考えながら古い街並みを眺めていたら ちょっと昔にタイムスリップした気分になりました。 市立歴史博物館 Historical Museum of Trinidad

通りからみえる鐘塔が印象的な革命博物館 Museo Nacional de la Lucha Contra Bandidos
キューバ トリニダー 街の中心にあるマヨール広場から1ブロック先にある『革命博物館(Museo Nacional de la Lucha Contra Bandidos)』。建物自体は修道院だったもので 低い建物が多いこの街では 遠くからでもよく見える背の高い鐘塔は街のシンボルのようになっています。建物に入ると中庭を囲むようにアーチが美しい柱がならんだ廊下があり この廊下を通って展示室になっている各部屋へ移動します。 日差しが差し込む明るい展示室では 革命軍の遺品などを写真とともに見ることができます。 他の革命博物館と違うのは 敵対する相手に関連するものが多く展示されていること。こちらは部屋の中央にどんと展示されていた 革命軍が撃ち落としたというアメリカ軍の航空機の一部。 間近で見ると無数の銃弾を受けた跡や傷があり激しさがよくわかります。 中庭は革命博物館ということを忘れてしまいそうなほど素敵な空間。 中庭にあったアメリカ軍が使用していたという輸送トラックと 先端に銃が取り付けられたボート。ボートの横には低い階段が設置してあるので 上から覗けるようになっています。小学生くらいの男の子が熱心に中を覗いていました。 屋上にもいけるということでこちらの階段から。 建物の屋上を中庭を中心に1周歩いてみる。日差しが強いけどすごい開放感。 味のある窓。 街には高い建物が少ないので遠くまで広がるオレンジ色の瓦屋根の街並みがよく見渡せます。嘘みたいに穏やかな風景。 反対側の通り。鮮やかな赤い花がオレンジの街によく似合います。街を眺めながら この後はあっちに歩いみようと予定をたてる幸せな時間。 革命博物館(賊軍討伐博物館) National Museum of the Struggle Against Bandits

オレンジ色の瓦屋根にパステルカラーの壁と石畳が美しいトリニダー Trinidad
キューバ 横に細長い本島の中心あたりに位置する『トリニダー(Trinidad)』。サンティアゴ・デ・クーバから19:30出発のViazulのバスに乗り 翌朝トリニダーのバスターミナルに到着。バスの中はエアコンがかなり効いていたので 薄手のライトダウンを着込んでちょうどよいくらいでした。 トリニダーのバスターミナルは街中にあるので 到着後さっそく近くの「マヨール広場(Plaza Mayor)」へ。マヨール広場は街の中心にあり近くのCasaに宿泊していたこともあって 滞在中はここを起点に周辺を歩きました。綺麗に整備された緑と白い柵が印象的で 周りを取り囲むオレンジ色の瓦屋根とマッチしています。 広場の正面にあるのは「サンティシマ教会(Iglesia Parroquial de la Santisima Trinidad)」。そんなに大きな教会ではないですが存在感があります。 教会の横には広い階段があり上方がカフェになっていて 階段の途中途中にテーブルと椅子が並べられていました。日中は日差しが強くてみんな端の木陰に腰掛けていますが ときどきミュージシャンの演奏が始まったりして開放的でとても気持ちがいい憩いの場。 この辺りの道は丸い石が敷き詰められた石畳になっていて 隙間から生えた草がいい味をだしていました。この石畳もまた周辺の建物と同様昔のまま残されているそうです。 革命博物館の向かいにある広場にはベンチに並んで座って演奏している人たちがいて その前を通りがかった夫婦が手をとりあって音楽に合わせて踊りだし 見ているだけで最高に素敵な気分になりました。 お昼時ランチをとるために広場近くにあったレストランへ。お店の奥に案内されて お店の外からは見えなかった広い中庭の席に着席。壁一面ピンク色の明るい中庭。 メインに白身魚を選んだランチプレート。味付けして炊かれたライスと香辛料がきいた魚が美味しくて 暑いのに食がよくすすむ。付け合わせは前回食べてハマったバナナチップス。少し離れた席で演奏の練習をしている人たちがいて 陽気な音楽の生演奏を聴きながらランチを楽しみました。 ランチのあとは革命博物館の屋上から見えた 山の方にある建物を目指して散策。中心部から離れるといっそうのんびりした雰囲気に。 この日差しなら洗濯物も干した瞬間に乾きそうです。 さらに道をすすんでいくと 街の中心部とは違った暮らしが見えてきました。 道幅が狭くなってきた坂道で見つけた年季の入った車。もう動きそうもないけどやっぱりかっこいい。 緑が増えてきて住宅の隙間からは眺めのいい景色。 道のつきあたり 少しひらけた場所に到着。とても古くて修復中の建物があり 調べてみると18世紀頃に建てられた「Ermita de Nuestra Señora de la Candelaria de la Popa」という教会でした。小高い丘の上に建てられたこの教会は背景が一面空なので 崩れてしまう前は教会が空に浮いた素敵な景色広がっていたのではないかと思います。 山をおりてまた街中を散策。公園(Parque Central Cespede)を見つけてベンチに座って休憩をしているき 近くのテントに設置されたDJブースからは音楽が流れていました。しばらくすると日本語の歌詞が耳にとびこんできて その時流れていた歌は「A World to Believe In / Celine Dion x…

ラム酒とキューバ革命はじまりの地サンティアゴ・デ・クーバ Santiago de Cuba
キューバ 革命の里と呼ばれる「サンティアゴ・デ・クーバ(Santiago de Cuba)」。革命戦争はじまりの場所となったモンカダ兵営博物館をでて 植民地時代の古い街並みが残る旧市街を中心に散策。 歩きはじめて最初に目にしたのは見事なクラシックカーの列。デザインがクラシックというだけでなく本当に長年使い続けたと感じさせる仕上がりです。キューバ滞在中に何度も乗ることになるクラシックカー(タクシー)。いかにも観光用というもの以外は よくまだ動いてるなと関心するような車ばかり。それを操っている様子を見るのも楽しかったりするので 結局狭さも暑さも気にせずがんがん乗りました。 それから日本ではあまり見ることのない色合いの高層住宅。 左奥のクリーム色の壁に描かれているのは 街中でほとんど見ることがなかったフェデルカストロさんの肖像。あとで調べてみると カストロさんは意図して自分の肖像を作らせていなかったようでした。 この日は本当に暑くて外に立っているだけで汗が流れてくるので 木陰のベンチを見つけるとすぐに休憩。ここは広くて全体的に白い石が美しい「マルテ広場(Plaza de Marte)」。 この辺りは工事中の場所が多く まだ舗装されてない道で見つけたのは柔道場。中に人がいなかったので使われているかどうかはわからなかったのですが 日本から遠く離れた場所で日本語を見つけてちょっと感動。 その先に続くのは歩行者天国になっている「ホセ・アントニオ・サコ通り(Jose Antonio Saco)」。カラフルなショップが道の両側に並んでいて どこもアイスクリーム屋さんは人気でした。 通りのちょうど中間あたり 緑が豊かな「ドローレス広場(Plaza de Dolores)」でまたまた一休み。広場にはたくさんの葉をつけた木が植えられていますが 鬱蒼とした感じがなく清潔で 風が吹くととても気持ちがよかったです。 通りで見つけた銅像。なにやら伝説のギターリストのようです。 長く続く遊歩道に沿って歩いて行くと 旧市街の中心となる大きなセスペデス広場(Parque Cespedes)とカテドラル(Cattedrale de Nuestra Senora de la Asuncion)」に到着。カテドラルは修復が終わったばかりらしくとても綺麗でした。 ランチは広場に面したテラスのあるレストランで。キューバで定番だというハムとチーズのサンドイッチを注文しました。付け合わせはポテトではなくフライドバナナ。始めはフライドポテトのような感じで 最後にバナナの甘みが残ってちょっとハマる味。暑い中ずっと歩いていたので 塩気のあるフライドバナナと炭酸が最高でした。 一息ついたあとは「ラム酒博物館(Museo del Ron)」がある辺りへ。近くには革命前はキューバのラムだったというバカルディの博物館もあります。大通りから少し中に入ったこの辺りは 古き良きという言葉が似合うとてもいい雰囲気。以前使用していたという線路も道路に残っていました。 のんびり通りを歩きながら近くにあるという展望スポット(Balcan de Velazquez)へ。景色を眺めるだけならフリーで写真を撮るのはここでも有料ということで たしか1CUCほど支払いました。中心に大きな木がある中庭のような感じ。 奥の手すりからは遠くに広がる湾と 湾に向かって緩やかにくだっていく傾斜に建つ街並みが望めます。素敵な景色を眼前に心地よい風が吹いてとても気持ちがいい。 上から眺めていたらそこを歩きたくなる。というわけでとりあえず坂をくだってみました。先ほどの中心街とは違って静かな住宅街。 しばらく歩いていると「パドレ・ピコ(Padre pico)」と呼ばれる階段がありました。下から見上げた時に素敵だなと思ったのですが 上にのぼって振り返って見た景色も素敵で階段好きとしてはたまらない。 そこからカーブした坂をのぼっていくと 見晴らしの良い場所に鮮やかな黄色い建物があります。革命のシンボルのひとつという「ルチャ・クランデスティナ博物館(Museo de la Clandestina)」。…

激しい銃撃の跡を残す7月26日モンカダ兵営博物館 Museo 26 de Julio Cuartel Moncada
キューバ サンティアゴ・デ・クーバ旧市街の端にある『7月26日モンカダ兵営博物館(Museo 26 de Julio Cuartel Moncada)』。大きく26と掲げられた黄色い建物は正面に広いグランドのある学校で 博物館はこの建物の端にあります。 当時はキューバ革命前の政権を握るバティスタの大規模兵営で 打倒バティスタを掲げた革命組織が最初に武装蜂起をした場所。そして今は博物館となり 入り口には無数の銃痕が襲撃当時のまま残されていました。これを見るだけでも戦いの激しさがわかります。 この7月26日とは革命軍がモンカダ兵営を襲撃した日であり キューバ革命実現の契機となったこの出来事に由来して革命組織の名称にもなっています。フィデル・カストロさんが率いてキューバ革命を起こした革命組織「M-26-7(Movement of July 26th/7月26日運動)」。赤と黒の背景に白字の旗は博物館に展示されていた「M-26-7」のシンボル。 館内にはモンカダ兵営襲撃に関する資料が写真とともに展示されていました。襲撃の経緯や各メンバーの経路。銃撃戦や捕らえられた人たちがうけた拷問の様子。それからユニフォームなど当時の品々も。 こちらはゲリラ戦の際に集められたという薬品など。 キューバ旅の中でこの後何度か目にする「M-26-7」の腕章。誰が作ったのかはわからないけれど どれも手作りでどんな想いを込めて作られたのかと 見るたびに思いを馳せてしまいます。 モンカダ兵営の襲撃は121人で行われ そのうち61人が犠牲になったそうです。博物館の最後には犠牲になった61人全員の顔写真が並んでいました。 日本から遠く離れた場所の何十年も昔の出来事で 長い歴史の中の一瞬にしかすぎず 日常に戻ればきっと頭の片隅に追いやられてしまうけれど この場所にいる今だけでも彼らのことを考えたいと思いました。 7月26日モンカダ兵営博物館 Museo 26 de Julio Cuartel MoncadaAvenida Moncada, Santiago de Cuba, CUBA

遠く水平線を見はるかすサン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城 Castillo de San Pedro de la Roca
ハバナから飛行機で2時間。東西に延びるキューバ島の西端から東端にある第2の都市『サンティアゴ・デ・クーバ(Santiago de Cuba)』へ。空港に到着後市街へ向かう前に 湾の入り口に位置する『サン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城(Castillo de San Pedro de la Roca)』に寄り道。城へは空港からタクシーで10分程。湾沿いの道を通っていったので 道中湾に飛び出した向こう岸の街を望むことができました。 城近くの灯台前で下車。ここで帰りのタクシーをつかまえるのは大変なので 乗せて来てもらったタクシーの運転手さんと時間を決め迎えにきてもらう事にしました。そこから道の両側にお土産物屋さんが建ち並ぶ通りを抜けていきます。 サン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城はキューバがスペインの植民地だった時代 海賊の襲撃を防ぐためにスペインによって造られたそうです。モロ要塞と呼ばれ世界遺産に登録されています。この橋から要塞の中へ。 中へ入るとすぐに中庭らしき場所があり ここを中心に礼拝堂や各部屋へ行けるようになっています。全体が薄赤の石でできていて 出入り口のアーチや木製の窓枠や手すりなどどこもとても美しい造りです。 屋上から要塞をみるとこんな感じ。ここからは様々な場所がよく見渡せます。 海に向かって等間隔で並ぶ大砲に 各所に造られた監視塔。当時は機能的に設計されたのだと思いますが 現在は戦いとは程遠い雰囲気で装飾の一部となっていました。 見張りの為の覗き穴も 今では遠くまで美しい景色がのぞめる絶景スポットです。 それから美しい装飾の井戸のようなものもありました。 室内にも様々な場所でアーチのデザインがみられ ほんの少しのアーチが窓の景色を一層美しくしています。この窓の部分を見ると壁がとても厚いことがよくわかります。 展示室ではかつての武器などを見ることができました。 断崖に建っているこの要塞。海岸側へ降りられる階段があったので降りてみると ちょうど大きな船が海へ出て行くところで ゆっくり要塞の横を通る様子を間近で見ることができました。すごい迫力であっという間に沖の方へ。 こちらは海岸側から要塞を見上げたところ。見上げているこの場所も少し高台にあるので 海面から比べるととても高い場所に要塞が建っていることがわかります。 海からくる敵をいち早く見つける為にこの高台に要塞が築かれたのだと思いますが そのおかげで今はこんなに美しい景色を見ることができます。カリブの風をうけながら望む一面に広がる青い海と空。最高でした。 サン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城 Castillo de San Pedro de la Roca

閉鎖後50年経った今も圧倒的な存在感を放つプレシディオ・モデーロ Presidio Modelo
キューバ フベントゥド島(青年の島) 空港から車で10分程の場所にある『プレシディオ・モデーロ刑務所(Presidio Modelo)』。1926年から1928年にかけて建設され 1967年に政府によって閉鎖されました。閉鎖されてからちょうど50年 現在は博物館として公開されています。 プレシディオ・モデーロへは緑が茂るのどかな道が続いていて そんな道を車で走っていると突然黄色い建物群が現れます。最初に目にするのが今は研究センターとなっている建物で たしか以前は管理棟だったと教えてもらいました。そのまま敷地の中へすすむと 巨大な円筒形の収容施設が見えてきます。 とにかく広い敷地に巨大な建造物が並んでいて まずその迫力に圧倒されます。あたりは山と緑と空のみでとても静かで この穏やかな自然と威圧感のある建物のコントラストが何とも言えない雰囲気。近づけば近づくほど歴史を感じさせる姿にさらに圧倒されます。 最初は「CIRCULAR3」と書かれた収容施設の1つへ。入り口を入ってすぐにあるのは 左右にのびる閉鎖的な通路。1階の外周にあたる部分でおそらく看守用です。中とは隔離された造りで 実際は写真よりも暗く奥へは足を踏み入れたくない感じでした。 通路を横切り広い空間へ。 一歩中へ入った瞬間思わず息が止まる そんな感じ。長い間無人で風雨にさらされたせいか すっかり抜け殻のようで恐ろしさは感じませんでしたが ただ建物としての迫力は失われていません。半分ほどの屋根がないおかげで建物の中に日が差していますが この明るさがなければまた違った印象を残したと思います。 この円筒形の建物はパノプティコン(Panopticon)型と呼ばれ 全展望監視システムという意味だそうです。看守は建物の中央にある監視塔に少人数のみ。それでも収容者から監視塔の様子が見えないように中心部を暗く目隠しすることで 常に監視されている、またはいつ監視されているかわからないという意識が働き 規律を守らせることができるのだとか。 こちらはおそらく当時の写真だと思われるもの。どんなに優れた監視システムで安全だとわかっていても 自分を囲む360度全てがこの景色だなんて想像もしたくない。 壁面は5層の小さく区切られた部屋になっていて 数カ所に設置された階段から2階部分へ。 実際に部屋の中に立ってみると思っていた以上に狭く 1人が寝るのに最低限必要な広さといった感じ。 窓からはこんな景色が望めます。当時こんな風に外の景色を眺められたのかはわかりませんが。 余計なものはなく整然と並ぶ部屋以外にあるのは 各層を移動できる階段のみ。かなり崩れてきている場所もあり このまま崩壊がすすめば そのうちこうしてありのままの姿を見ることもできなくなってしまうかもしれません。 次は敷地のちょうど中心にある食堂へ。 こちらも中に入ってみると 全く仕切りのない圧倒的な空間が広がっています。 床に固定された鉄組に板を渡してテーブルとして使用し 1度に何千人もが食事をしたといいます。しかも一切の会話は許されておらず 常に静寂の中での食事だったとか。 中央にある柱にかけられた螺旋階段。 こちらは壁際に1つあったエレベーター。ここは2階なので1階との荷物運搬用でしょうか。装飾のない建物なので 扉の蛇腹ですらおしゃれに見えてきました。 食堂をでるとさらに敷地の奥へ。ここへ着いてから全く人と出会わなかったのですが 建物の中から話し声が聞こえてきたので覗いてみると そこは博物館になっていました。敷地の一番奥にあり 病院として使われていた建物だそうです。特に案内などはでていませんでしたが 入り口のキューバ国旗が目印です。 最初に案内された展示室。入館料とは別にFOTOのお金を払えば撮影もOKです。 歴史を考えると消失した資料もたくさんあると思いますが 当時使用されていた道具や残された資料などが展示されていました。第二次世界大戦中は島に住む日本人も収容されていたということで 一部日本人に関する資料もありました。展示物は全てスペイン語のみの説明なのでもちろん読めませんが 何かを感じとるには十分です。スタッフの方も英語でですが丁寧に話を聞かせてくれました。 おそらくこちらは1日のスケジュール。朝5時から起床、点呼、朝食と続き 夜9時に就寝。1時間〜1時間半刻みの細かいスケジュール。 向かいの展示室には当時の様子が再現されていました。1つ1つのベッドの枕元には 1人1人の写真と名前の記録が。真っ白いシーツのかかったベッドがずらっと並んでいる様子は なんとも言えない思いにさせられます。 こちらはモンカダ兵営を攻撃し逮捕された際に フィデル・カストロ(Fidel Castro)さんが収容されていた部屋。解放されるまでの約2年間をここで過ごしたとされ 当時の写真もいくつか見ることができました。 こういった場所へくると全く想像も及ばないことや 言葉にできない思いばかり。それでも素晴らしい体験になったことは間違いありません。 プレシディオ・モデーロ刑務所 Presidio Modelo

ゆったりした空気が心地よい青年の島(フベントゥド島)ヌエバ・ヘローナ Nueva Gerona
カリブ海にある島国『キューバ(Republic of Cuba)』。現在日本からの直航便はないので 飛行機を乗り継いで約20時間強 首都ハバナにあるホセ・マルティ国際空港(Aeropuerto Internacional José Martí)に到着しました。夜22時過ぎに到着すると そのまま空港近くに予約していたカサ・パルティクラル(Casa Particular)へ。Casaは個人宅の部屋を貸し出すいわゆる民宿で 今回の旅ではホテルとCasa両方に宿泊したのですが 値段も部屋も断然Casaの方がよかったです。たまたま良い人達に巡り合っただけかもしれませんが。 翌日は早朝からこの旅でどうしてもいきたかった場所の1つ『フベントゥド島(Isla de la Juventud)』へ。フベントゥド島は日本語で「青年の島」と言い ハバナから飛行機で30分ほどの場所にあります。本島を除くとキューバで1番大きな島。飛行機ではヌエバ・ヘローナ(Nueva Gerona)行きの便で向かうのですが ハバナとヌエバ・ヘローナ間の便は往路復路それぞれ朝と夕に1便ずつなので 日帰りで行くなら時間の選択はできません。 ヌエバ・ヘローナの街の中心へは空港からタクシーで10分程。タクシーの運転手さんに「Parque Guerrillero Heroico」という公園を中心に観光をするといいと教えてもらい ここから街歩きスタート。街の中心にあるこの公園は緑がとても綺麗に整えられていて 木陰に設置されたベンチは休憩するには最高の場所でした。 公園の目の前にあるのが「悲しみの聖母教会(Iglesia Nuestra Sra de los Dolores)」。あまり大きくはないですが 長い年月を経た存在感があります。 こちらは教会横から続く遊歩道。カラフルな道の両側にレストランやショップが並び 商店街のような感じ。外からは何を売っているのかわかりづらいお店もありますが よく見ると様々なショップが並んでいます。この日部屋を貸してくれたCasaのオーナーMagadaは “このマーブルの道が好き” と言っていました。 街を歩いていて気づいたのは リードに繋がれていない犬と馬車が多いこと。車と同じ数くらいの馬車を見かけた気がします。それから街がとても綺麗。どこを歩いてもゴミが落ちていないし 古くて修復が必要かなと思うものも清潔にされていて とても好感がもてました。 馬車が多いからかこんな標識まで。日本ではまず見ることがないですね。 それから大通りをそれてちょっと静かな住宅街の方へ。遠くに見える細長く背の高い変わった形の建造物は おそらく給水塔。旅行中各地で何度か似たような建物をみました。これも現在の日本ではあまり見ることがないと思います。 住宅街には1階建ての民家が多かったのですが 中にはこんなおしゃれな集合住宅もありました。どの家にも共通していたのが 玄関先や窓に必ず柵がついていること。柵はどれもおしゃれにデザインされていましたが やはり防犯の意味で設置されているのでしょうか。 そしてここは街の横を流れる川にあるフェリー乗り場。橋の上から眺めた川の水面は穏やかで 真っ青な空が反射して綺麗でした。おそらく所々に見えている緑は松の木。島にいるときは全く気づかなかったのですが かつて「松島(Isla de Pinoss)」と呼ばれたほど 島中に松が生い茂っているそうです。 街中でなんとなく好きだったのが この小さな公園。奥の壁には大きなZipperのイラストがあって 開いた先には教会や船などこの街にあるものが描かれ 褪せた感じもまた良い味をだしていました。街の雰囲気も良くて 声を掛けてくれる街の人もみんな親切で キューバがいっきに好きになりました。旅の最初の目的地にこの島を選んで大正解。 ヌエバ・ヘローナ Nueva Gerona
