Tag: Sights & Landmarks 名所・旧跡

  • 美しい景色の一部であり美しい景色が望める旧三井家下鴨別邸 Old Mitsui Family Shimogamo Villa

    美しい景色の一部であり美しい景色が望める旧三井家下鴨別邸 Old Mitsui Family Shimogamo Villa

    京都叡山電鉄の出町柳駅から徒歩5分ほどの場所にある「旧三井家下鴨別邸」。1880(明治13)年に三井家総領家8代目の隠居家として建てられた主屋と 1925(大正14)年に移築した際に増築された玄関棟 江戸末期に建てられたという茶室の3棟からなっています。主屋は3階建てなのですが 玄関側から見ると中3階と呼ばれる部屋があることがわかり 4階建てのようにも見えます。 この時は通常非公開となっている主屋3階望楼にいけるということで 受付をすませるとさっそく主屋2階へ。こちらは庭に面した広い14畳の客室。 主屋の最大の特徴は「眺望を楽しむこと」を主眼につくられている。望楼を設けていることはもちろん、1階2階も座敷の前にはガラス入りの障子が用いられ、縁側は建具のない素通しの外縁となっている。 Source:重要文化財 旧三井家下鴨別邸 と案内のあるとおり座敷から段差なく外縁がつづき 部屋の中からも庭を十分に望むことができます。欄干のデザインも景色を切りとる額縁のようで素敵です。 客室の木製蛇腹戸の中にある階段をのぼって3階望楼へ。こちらも眺望を優先したつくりとなっており 4壁面全てが大きな窓になっています。眺望を邪魔しないよう通常窓横のスペースにある戸袋は窓の下に備えられ そこから雨戸を引き上げて締めるという面白い造り。雨戸は上下2枚に分かれていてそれぞれ窓枠の小さな溝にひっかけるのみとシンプルですが 眺望へのこだわりがすごいです。たしかにここから見る景色は素晴らしく 窓の外左側に見えているのはかすかに “大” の文字が読める五山。 主屋にはいくつか階段があるのですが 途中の踊り場で角度を変える造りになっているのはこの東階段だけ。木製で洋風の手摺ごしに見る階段が好きで見つけると気分があがります。 東階段を降りるとそのまま庭が見える座敷縁側へ。移築前はここから鴨川を望むことができたそうですが 現在は池のある日本庭園が広がっています。まだ緑の季節には早くこのときは少し寂しい感じのする庭ですが 新緑の時期を迎えると青々とした景色を眺めることができるようです。 こちらは1階のちょうど真ん中あたりに位置する水屋。丸炉があるのでお茶会のときはここでお湯を沸かしていたのでしょうか。 庭側から見た主屋は移築前に撮影されたという写真とほとんど変わらない外観でした。L字に造られた外縁が美しい建物で 中からも外からも景色を楽しむことができる場所だと思います。 旧三井家下鴨別邸 Old Mitsui Family Shimogamo Villahttps://ja.kyoto.travel/tourism/article/mitsuike/京都府京都市左京区下鴨宮河町58番地258-2 Shimogamo Miyagawa-cho, Sakyo-ku, KyotoTEL:075-366-4321

  • 受け継がれてきた歴史が華を添える割烹松本館 Kappo Matsumoto kan

    受け継がれてきた歴史が華を添える割烹松本館 Kappo Matsumoto kan

    長野県松本駅から車で10分程の場所にある「割烹 松本館」。マツモト建築芸術祭(MATSUMOTO Architecture + Art Festival)の会場で出逢った方に こういう時じゃないとなかなか見ることができないから 絶対訪れた方がよいとおすすめされた場所。近くにいたこともありさっそく松本館へ向かいます。到着すると入り口で靴を脱いでスリッパに履き替え お店の方に案内いただき大広間のある2階へ。階段をあがって最初に目にする大広間横の廊下。歩くたびに軋む床板や小さく鳴るガラス戸が歴史を感じさせます。 アーティスト作品の展示会場となっている大広間の中へ。結婚式の披露宴会場などで使用される広い空間の中央に マツモト建築芸術祭の作品は展示されていました。 足元の畳以外全て装飾で覆われた空間は圧巻の豪華さで 褪せた黄金は木材に馴染んでなんともいえない趣があります。不思議と現代の作品も90年近くの歴史を持つこの空間に似合っています。こちらは廊下と広間を隔てる障子の腰板と 滝をのぼる鯉が彫られた床柱。 天井は神社やお寺で見る花丸の天井画で埋めつくされ 縁起よくその合間を鶴が飛んでいます。一面装飾が施されたこの部屋では 1つ1つ見ていてはいくら時間があってもありません。 1階に降りると中庭に面した廊下を通り いくつかある部屋も見せていただきました。中庭に張り出すように造られた赤い屋根と柱の建物は八角形のお手洗い。周囲を一周できる面白い造りです。 入り口に一番近い場所にあるのが “葡萄の間”。こちらの部屋の彫刻もすばらしく 部屋の名前のとおり柱には一面葡萄が 欄干にはリスが彫られていたりととても贅沢。 最後に店の最奥に位置する “福寿の間” の見学をして 来た時と同様中庭に面した廊下を通って玄関へ向かいます。雪が少し残る中庭がよく見える大きなガラス戸に 歩くと少し軋む音がするこの廊下はとても好みの空間で いつまでだって歩いていたくなります。おすすめいただいた通りとても素敵な場所でした。今度は食事をしに訪れよう。 割烹 松本館 Kappo Matsumoto kanhttps://www.mcci.or.jp/www/matukan/長野県松本市丸の内7-397-39 Marunouchi, Matsumoto, Nagano

  • 大正時代の学校建築を今に残す旧松本高等学校 Former Matsumoto High School

    大正時代の学校建築を今に残す旧松本高等学校 Former Matsumoto High School

    松本駅から車で10分程の場所にある「あがたの森公園(Agatanomori Park)」。”松本高等学校跡地” と表札のある門から敷地に入ると 真っ直ぐ続くヒマラヤ杉の並木道があります。並木道の右手には大正9(1920)年に竣工し コの字の角を落とすように中央入り口が配された洋風木造建築の本館が 左手には本館の2年後に竣工した講堂が残されています。どちらも淡い青磁色をした下見板張りの外壁で 背の高い杉の木が建物に落とす影が相まってなんともいえない雰囲気です。 講堂は外から眺めることしかできなかったのですが 内部は本館と同様に白壁と飴色の木材が特徴的な設えになっているようでした。 そして今は「あがたの森文化会館(AgatanoMori Cultural Center)」として使用されている本館の中へ。一部耐震工事中で入ることができないエリアもあったのですが 本館に入ってすぐの場所にある階段がとても素敵でした。階段正面の大きな窓から差し込む光は眩しいくらいで 重厚な階段の支柱にほどこされた装飾も素晴らしかったです。 なかでも好きだったのは洋風の建物にあう街灯とベンチが設置された中庭。背の高い木々に囲まれて少し薄暗い雰囲気ですが もう少し日が落ちて街灯に明かりがともり 校舎の窓から電球の淡い橙色の明かりがもれた景色は最高に美しいと思います。 現在残っている建物は本館と講堂だけですが 当時本館の南側に渡り廊下でつながれた3棟の教室があったあたりが現在は広場になっており 冬晴れの空がとても気持ちよかったです。 旧松本高等学校 Former Matsumoto High Schoolehttps://www.city.matsumoto.nagano.jp/長野県松本市県3-1-13-1-1 Agata, Matsumoto, Nagano

  • アート作品で彩られた名建築を巡るマツモト建築芸術祭 MATSUMOTO Architecture + Art Festival

    アート作品で彩られた名建築を巡るマツモト建築芸術祭 MATSUMOTO Architecture + Art Festival

    長野県松本市にて今回が初めての開催となる「マツモト建築芸術祭」。松本城を中心に歩いて巡れるエリアにある名建築を舞台に 様々なアート作品をみることができるというもの。”名建築と現代アート” という言葉に惹かれて 新宿駅から特急あずさに乗り2時間半ほどかけて松本駅に向かいました。松本駅をでて最初に感じたことは空が広い!ということ。晴天だったこともあってか 抜けるような青さで空をとても広く感じました。 宿に荷物を置いてさっそく町歩きの中心となる「松本城(Matsumoto Castle)」へ。黒い瓦と黒漆で塗られた板の間から細いラインのように白い漆喰の壁がのぞく美しい佇まい。天守の中はツヤのある木材に林立する柱が圧巻で 狭く急な階段を登ってたどりついた最上階からの眺めは最高でした。 ここからは今回の旅の目的である マツモト建築芸術祭で巡った会場の中からいくつかをご紹介。 No.18-19 旧松本カトリック教会司祭館 Old Matsumoto Catholic Church Priest’s House まずは会場となっている建物の中で最北に位置する「旧松本カトリック教会司祭館」へ。明治22(1889)年に建築され 100年近くにわたり宣教師たちの住居として使用されたのだそう。ライトブルーに塗られた板張りの外壁に アッシュグリーンの窓枠がかわいい建物。廊下だと思っていた天井までガラス窓が続くベランダも素敵でした。 No.20 旧開智学校 Old Kaichi School 司祭館のすぐ近くにあるのが「旧開智学校」。現在工事中で中に入れないということで 残念ながら今回は外から眺めるだけ。和風と洋風が混ざりあった “擬洋風建築” と呼ばれる建物で 中心にそびえ立つ八角塔が特徴的です。 次の会場へ向かう途中で通った「松本神社(Matsumoto shrine)」。松本城のちょうど北隣に位置し松本城主ゆかりの神社だそう。敷地内にそびえるいくつもの背が高い樹が落とす影がとてもよい雰囲気でした。 No.16 池上百竹亭 茶室 Ikegami Hyakuchikutei Tea House 松本神社のすぐ隣にあるのが昭和33(1958)年に建てられた「池上百竹亭」。円窓から覗く夕暮れどきの庭園がなんとも儚げなのに対して 茶室の中はカラフルな展示になっていて 今回ならではといえる不思議な感覚。この空間では紅茶でのお茶会も似合いそうです。 No.15 旧宮島肉店 Old Miyajima Butcher Shop 建物正面に大きくMのマークがあしらわれたこちらの建物は「旧宮島肉店」。白い外壁に焦茶色の窓枠と建具がおしゃれです。店内のものはすべて運びだされ 肉店だったとわかるものはガラス窓に残っていた “肉店” とかかれていた痕くらいでしょうか。 No.10 上土シネマ Agetsuchi Cinema…

  • 池の水面を瑞々しい紅葉が彩る目白庭園 Mejiro Garden

    池の水面を瑞々しい紅葉が彩る目白庭園 Mejiro Garden

    目白駅から徒歩5分程の住宅街の中にある「目白庭園(Mejiro Garden)」。桜の薄桃色の花の間に緑の葉が混じりはじめる大好きな季節。用事をすませた帰り道に 緑に惹かれて神田川沿いの道を散策しつつ目白庭園へ向かいました。 初めての街を散策中に最近聞くことがなかった地域の防災無線が流れてきて あたりを探すと真っ赤な屋外拡声器が。こどもの頃は夕暮れ時になると流れる いわゆるゆうやけチャイムが家に帰る合図でした。 川沿いの道に植えられた樹には立派に実った柑橘。 懐かしいほかほかとした気持ちで散歩をしつつたどり着いた目白庭園は 平成2年11月に開設されたという今まで訪れた庭園の中でも比較的新しいもの。 長屋門をくぐると石畳の先 正面に「赤鳥庵」があり 右手にすすむと池に張り出した休憩所「六角浮き見堂」があります。 大きな池の周囲を巡るようになっている池泉回遊式庭園なので ゆっくり池の周りを一周。天気がよかったので池の水面に映る緑もあいまって たくさんの緑に包まれて幸せな気分です。 庭園の北側から見た石垣の上に建てられた数寄屋造りの赤鳥庵。赤鳥庵の名称は大正7(1918)年にこの地で創刊された文芸雑誌「赤い鳥」にちなんだものだそう。石垣の前の休憩所から座って庭を眺められるようになっています。 池には鯉が泳いでいて 緑の中に時折見せる赤と白の体がとてもよく映える。秋にはライトアップされた紅葉が見られる夜間特別開園もあるみたいなので 次はぜひその季節に訪れたいです。 目白庭園 Mejiro Gardenhttps://mejiro-garden.com/東京都豊島区目白3-20-183-20-18 Mejiro, Toshima-ku, Tokyo

  • 人々が集まる場所として灯りをともし続ける快哉湯 Kaisaiyu Office & Lounge

    人々が集まる場所として灯りをともし続ける快哉湯 Kaisaiyu Office & Lounge

    台東区入谷駅から徒歩3分程の場所にある 昭和3年(1928年)築の銭湯「快哉湯」。次の目的地へ向かう途中 味わいのある外観に惹かれて建物の中へ。長い間風雨にさらされて褪せた木枠のガラス扉をガタガタと鳴らしながら開けると 使いこまれた小ぶりの下駄箱がずらり。この時はすべて下駄箱だと思っていたのですが 正面にあった松竹錠(木札錠)ではないロッカーは 傘を横にして収納する傘入れだそうです。 かつての脱衣所に入るとスタッフの方がいて 2016年11月に銭湯としての営業を終え 改装して今はオフィスやラウンジとして使われているのだと教えていただきました。男女の脱衣所を仕切っていた壁も番台もそのまま残されており “快哉湯” と書かれた大きな柱時計も健在。 こちらはぜひどうぞと登らせていただいた番台上からの眺め。正面に柱時計があり その先にある浴室もよく見渡せます。浴室内に作られた壁などは新しい木材が使われているようでしたが 手を加えず残された部分も多く 建物全体から懐かしさが溢れています。 当時の雰囲気を味わえるのは建物だけでなく小物にも。今は存在しない “坂本警察署” と書かれた心得は 昭和35年の合併により坂本警察署という名称がなくなったようなので 少なくとも60年以上前のものということになります。 かつての男性用脱衣所から見える小さな縁側と坪庭もそのままなのだそう。晩夏の夕暮れなんかに お風呂あがり窓を少しあけた縁側に腰掛けて 通りの音を聴きながら涼むなんて最高だったでしょうね。 今はオフィスとして使われているという浴室エリアも見せていただきました。真ん中にあった間仕切り壁は取り払ったものの 天井高7mだという広い空間の壁は ペンキ絵も含めほぼそのまま残されているのだそう。浴室の広さに対して小さめだというタイル貼りの浴槽もそのままでした。新たに作られた床板や収納棚はまだ新しい木の雰囲気でしたが 使い込まれていくうちに馴染んでとてもいい雰囲気になりそうです。 そして何もしないと剥がれていく一方だという 大きな富士山が描かれたペンキ絵。ペンキ絵を描く絵師は今はもうわずかだと聞くので とても貴重なものなのだろうと簡単に想像ができます。男湯と女湯それぞれに描かれた絵を同時に見ることができるのも今だからこそ。この建物にこのペンキ絵がとても似合っているので いつまでもこの場所を彩り続けて欲しいなと思います。 快哉湯 Kaisaiyu Office & Loungehttps://www.kaisaiyu.com/東京都台東区下谷2丁目17-112-17-11 shitaya, Taito-ku, Tokyo

  • 街に溢れる緑がつくる木陰を探して歩く穏やかな街シーラーズ Shiraz & Mausoleum of Hafez

    街に溢れる緑がつくる木陰を探して歩く穏やかな街シーラーズ Shiraz & Mausoleum of Hafez

    西アジアに位置し多くの世界遺産を有する「イラン・イスラム共和国」。通称イラン。現在日本からの直行便はなく 飛行機を乗り継いで行ってきました。乗り継ぎの時間を除くと成田空港から12〜13時間程で イランの首都テヘラン(Tehran)にあるエマーム・ホメイニー国際空港に到着。現地で取得するアライバルビザではなく 日本で事前にe-VISAを取得していったので 到着後ほとんど待つことなく入国できました。 翌朝には最初の目的地シーラーズ(Shiraz)へ。シーラーズはテヘランから飛行機で南へ1時間半程の場所にあり 国内線のフライトチケットは現在日本からの購入が難しいので 現地の旅行会社を通して事前に予約した飛行機で向かいました。シーラーズ市内には東西方向にホシュク川(Khoshk River)が通っており ホテルに荷物を預けてさっそくホシュク川の北側から散策開始。 この時期水の流れていないホシュク川。川にかかる橋を渡って北へ向かって歩いていると 緑のない山肌をとても近くに感じます。このあたりは車通りも少なく静かな住宅街といった雰囲気。ハーフェズ通り(Hafez St.)では 今回の旅でほとんど見ることのなかったウォールアートもいくつか見かけました。 通りで見つけた 丸みを帯びたフォルムがなんだか可愛かった公衆電話。 ホシュク川の北側には庭園や大きな公園が点在し 暑さから逃れて歩いた公園では 木陰に絨毯を広げてランチをしている何組かの家族を見かけました。 公園を抜けると見えて来たのが「ハーフェズ廟(Mausoleum of Hafez)」。 中は整備された綺麗な庭園になっており 中心にある八角形の屋根をもつ象徴的な建物には多くの人が集まっていました。ここはイランでとても愛され有名な詩人のハーフェズのお墓だそうで みんなここに置かれた石の棺にそっと触れていきます。 庭園横に建てられたメモリアルホールの中にもいくつか石の棺があり どれも表面には細かな彫刻が施されていました。建物の横ではシェイブアイスが売られていたり チャイハネと呼ばれるカフェのようなお店もあって 庭園の緑は美しく全体的に憩いの場という雰囲気でした。 シーラーズ Shiraz

  • 長い年月をかけ多くの人たちによって受け継がれてきた緑であふれる栗林公園 Ritsurin Garden

    長い年月をかけ多くの人たちによって受け継がれてきた緑であふれる栗林公園 Ritsurin Garden

    香川県高松駅から車で10分ほどの場所にある「栗林公園(Ritsurin Garden)」。高松駅からでている巡回バスで向かいました。栗林公園は江戸時代に100年余りの歳月をかけて完成され 当時の姿を今に残しているという回遊式大名庭園。庭園が一般に公開され始めたのも明治8年と長い歴史をほこっています。 バス停がある東門から庭園に入ると 最初に目にするのが大きなヒマラヤ杉と商工奨励館。庭園をぐるっと見てまわる際にここが起点となります。 まずは南庭から散策開始。南庭では丁寧に手入れされたいくつもの美しい松をみることができます。案内には約1000本もの手入れ松があるとありました。歩き始めてすぐ商工奨励館の近くにあるのが 器用に曲がった幹に大きく腕をのばした「鶴亀松」。松が舞っている鶴を表し その下の岩組で亀を表しているのだそう。 庭園内にはいくつも池がありましたが 庭園の中心あたりにある北湖は水面に写り込んだ緑が眩しくとても好きな景色でした。 北湖に沿って並ぶ箱の形に装ったというこの箱松は 独特の形に伸びた枝が複雑に絡みあい不思議な趣があります。隙なく手入れされた松の木がこれだけ並ぶと圧巻です。 そういえば祖母から 小さい頃に併設された動物園に遊びにいったことがあるという話を聞きました。動物園なんてあったかな?と思い調べてみると 2004年(平成16年)3月末で完全に閉鎖したとのこと。1907年に開園した前身の県営小動物園から数えると 100年近い歴史に幕を下ろしたことになります。この動物園については 地元の人々に愛されていたんだなとわかる記事がいくつもあり 少し寂しさも感じましたがほっこりしました。 さて散策の続き。見事な松を見ながらすすんだ先 旧日暮亭と呼ばれる茶室の側にある池には 鮮やかな睡蓮の花が咲いていました。 庭園の南端にある小道は空一面が太陽の光を透かした緑の葉で覆われ こういう景色に包まれていると やはり緑が美しい初夏のこの時期が好きだなと思ってしまいます。 のんびり歩いていると次第に見えてくるのが この庭園の見所の1つにもなっている南湖の淵にたつ「掬月亭」。代々の藩主たちが愛してやまなかったと伝えられているとおり 数寄屋造の建物も美しければ 建物の中からのぞむ景色も最高です。 こちらは掬月亭の池を挟んだ反対側 庭園の中で1番のVeiwスポットだという「飛来峰」からの景色。南湖全体が見渡せ奥の背景は紫雲山の深い緑。その手前には先ほどの掬月亭があり 美しいアーチを描いて架けられた橋は偃月橋です。 さて南庭を一周しひと休みしたら今度は北庭を散策。北庭は南庭にくらべて洋風という感じ。小さな池を覆い尽くす勢いの豊かな緑が美しかったです。北庭には花菖蒲園もあるのですが 開花の時期はもう少し先。 北門に近い場所にある芝生広場の中央にはとても大きな木があり 雲ひとつない青空の下この大きな木の陰でのんびり過ごすなんて最高です。栗林公園は年中無休で開園時間はほぼ日の出から日没までということなので 近くに住んでいたら間違いなく通っている思います。そのくらいとても心地よい場所でした。 栗林公園 Ritsurin Gardenhttps://www.my-kagawa.jp/ritsuringarden香川県高松市栗林町1-20-161-20-16 Ritsurin-cho, Takamatsu, Kagawa

  • 平家落人伝説が残る山あいで樹々に囲まれるように佇む真鍋家住宅 Manabe House

    平家落人伝説が残る山あいで樹々に囲まれるように佇む真鍋家住宅 Manabe House

    愛媛県 東予に位置する切山地区に残る「真鍋家住宅」。G.B.Cキリヤマベース店を訪れた際に 近くに国の重要文化財に指定された 愛媛県に現存する最古の民家があるということで行ってきました。G.B.Cから続く小道をくだるとすぐに現れた 苔むした立派な茅葺き屋根の家屋。 真鍋家の入り口は解放されており 中を自由に見学できるようになっていました。家屋は玄関と台所がある土間とその隣に部屋が2つ。今はここでは生活されていないとのことですが 整えられた床の間があり先祖代々の写真も掛けられており 生活の跡がしっかり染み付いています。 ここは向かいに住まれている真鍋さんが管理されているそうで ちょうど囲炉裏に薪をくべに来られて 家を長持ちさせるために常に焚き続けているのだと教えていただきました。おかげで部屋中は炭の煙で真っ黒。ですが黒く艶光りした柱がむき出しの天井がなんともかっこいい。 土間から部屋にあがると床が柔らかくたわむのでよくみると 竹を組んだすのこの上に莚を敷いた状態でした。この下に床下収納があるのだと教えていただき なるほど すのこと莚ならすぐに取り外して出し入れが簡単です。ところどころに以前使われていたであろう物たちも置かれていました。 近くに真鍋家の方がやられている小さな図書室があり そこにも寄り道して昔の資料なんかも見せていただきました。ちょうど今年の秋に県外から職人さんを呼び屋根を取り替えるのだそうです。全て取り替えるのは数十年に1度の貴重な機会。できれば毎日通ってその様子をみたいものです。 真鍋家住宅 Manabe Househttp://www.shikochu-kankou.jp/愛媛県四国中央市金生町山田井2030-22030-2 Yamadai, Kinsei-cho, Shikoku Chuo-shi, Ehime

  • 数奇を凝らした四季の美しさに魅せられる臥龍山荘 Garyu Sanso Villa

    数奇を凝らした四季の美しさに魅せられる臥龍山荘 Garyu Sanso Villa

    愛媛県大洲駅から車で5分程 肱川のほとりに佇む「臥龍山荘(Garyu Sanso)」。明治30年ごろから10年余りをかけ河内寅次郎の別荘として建てられたもの。近くには明治の家並があり辺りは静かで 近くまでくると塀の外からでも素敵な雰囲気が伝わってきます。見終わってみると至る所にこだわりがみられ こだわりを知るたびにますますここが好きになりました。 まず入口の門をくぐると 右手に石垣を眺めながら玄関まで石の階段をのぼっていきます。この石垣は場所によって積み方が変えてあったり 石垣から顔を覗かすように生きた木を残したまま石が積まれている箇所があったりと さっそくいくつものこだわりが。 敷地の一番手前には母屋の「臥龍院」があり そこから順に見てまわります。 臥龍院には主な間が4つあり それぞれ四季を表しているのだそう。夏にあたる「清吹(せいすい)の間」の欄間には流水の透かし彫。写真ではわかりづらいですが 障子に映る細かい光の模様がとても美しいです。 秋にあたる「霞月(かげつ)の間」の窓から見えるのは肱川。ここでも随所にこだわりが見られるのですが 中でも…と係の方が教えてくれたのは 霞月の間の庭に面した縁側廊下。通常床板は細長く切り揃えられた板を並べて造られていると思うのですが ここは松の1枚板でできているのだそう。しかも一見して1枚板だとわかるのは粋ではないということで わざわざ目地をいれ寄木のように見せているという。本当に贅沢で粋です。 そして臥龍院の一番奥にあるのは秋にあたる「壱是(いっし)の間」。一番広くて格式高く 畳をあげれば能舞台にもなるという。そんな壱是の間から見た庭園は どこまでが庭園でどこからが借景かわからない程 緑で溢れていて最高の眺めです。左に目を向ければ緑の奥に肱川が広がっています。 臥龍院をでると庭園の奥へ。一面に広がる美しい苔の中敷石の上を歩いて行くと 庭園の中程にあるのが「知止庵」。以前は浴室だった建物で 現在は茶室に造り変えられています。 初夏ということもあり 緑が美しい庭園では様々な植物を見ることができました。中には育つのに通常100年もかかるという珍しい「牡丹苔」も。庭のちょっとしたところに紫色の小さな花が生けられていて さらに庭園を素敵にしていました。 木陰の中をつづく庭園の先へ。 庭園の一番奥にあるのは「不老庵」。崖からせり出すように建っていて これを懸け造りと呼ぶそうです。大洲は伊予の小京都といわれており ここから夏は鵜飼いで賑わう肱川をのぞむことができます。 戸を開け放した不老庵の中は風が通りなんとも心地よい。天井は竹を編み込んだ網代張りというもので緩いアーチ状になっており 肱川の川面に反射した月光を映すのだとか。天井に映った月明かりは川の流れとともに揺れるというから さぞかし美しいでしょうね。ぜひそんな絶景を見てみたいですが夜は入園できないので 昼間みることができるのはこの眺め。まさに風光明媚な景色。 ここではお茶がいただけるということで 季節をちょっとだけ先取りした青紅葉が添えられたカワツツジの和菓子と一緒に この景色を眺めながらのんびりいただきました。 庭園の出口に向かって来た道を戻っているとき 先ほど見つけられなかった景色をみつけてまた感動。ここを訪れる前より少し心が透明になったような そんな気がしました。 臥龍山荘 Garyu Sanso Villahttp://www.garyusanso.jp/愛媛県大洲市大洲411-2411-2 Ozu, Ozu-shi, EhimeTEL:0893-24-3759

  • 肱川と美しい自然に囲まれるように懐かしい町並みが残る大洲 Ozu -Little Kyoto of Iyo-

    肱川と美しい自然に囲まれるように懐かしい町並みが残る大洲 Ozu -Little Kyoto of Iyo-

    愛媛県の西側に位置する「大洲」。伊予の小京都と呼ばれ風情ある町並みと美しい自然が見所です。松山方面から車で大洲の町に到着すると案内板にしたがい まずは大洲観光総合案内所「大洲まちの駅あさもや」へ。そこで散策マップをもらい町歩きスタート。 案内所をでるとすぐに石張りの道がつづき 明治の家並みがあります。その道を通り今回絶対に行くと決めていた「臥龍山荘」へ。臥龍山荘から見る景色はもちろん 周辺もとてもよい雰囲気だったので 臥龍山荘をあとにすると肱川沿いの道を散策。この日はとても日差しが強かったので 道全体が木陰になって心地よい風が吹くこの細い道がとても気持ちよかったです。ちなみに左手が臥龍山荘で 右手にある石垣は大洲神社へとつづく道。 ぶらぶらしながら日曜日のみ開催しているというレトロ市「ポコペン横丁(思ひ出倉庫)」に少し寄り道した後 以前は旅館だったという「油屋」さんでランチ。メニューをみた瞬間に気になった “トンくり まぶし丼” を注文。とんくりとは豚バラ肉と大洲産の栗のことで ひつまぶしのようにいただきました。まずは1/4をお茶碗によそいそのまま。次は薬味をのせて。最後にスープをかけて。炉を中心とした吹き抜けの広い空間にいくつも提灯がさがったとても素敵なお店で 料理も美味しくて大満足。 お腹もいっぱいになったところで散策再開。大洲に来たなら大洲城は外せないということで 平成16年(2004年)に復元されたという「大洲城」へ。町を歩きながら遠くからでも見えていた大洲城。天気がよくて青空に白と黒の城がよく映えています。 緩やかな坂を登ってさっそく天守の中へ。入り口を入ってすぐの場所にあった模型。模型といってもけっこうな大きさで 削られた木の柱だけで組み上げられた様子に惚れぼれします。 途中にあった当時の城を再現したジオラマ。この後町の中に残された城の一部「大洲城三の丸南隅櫓」がある場所に行きましたが 当時の城の広さに驚きました。 以前の姿を忠実に再現したという現在の天守。今回の復元にあたってたくさんの人が寄付されたとのことで それぞれの柱が誰の寄付によるものかわかるようになっていました。吹き抜けから見上げた天井に組まれた太い梁は圧巻で まだまだ新しい木の色と香り。とても立派な木造建築の経年変化が楽しみです。 城をでると後ろ側に下る遊歩道があったので 帰りはそちらの道から。綺麗に整備された道を進み花がついていない藤棚を過ぎると そこは菖蒲園になっていました。花菖蒲が咲く時期はもう少し先ですが 一面緑の公園も充分素敵です。 さまざまな角度から城を見ましたが ここから見上げる緑に囲まれた城の姿が一番好みでした。花菖蒲が咲く時期にはもっと素敵な景色が見られると思います。 菖蒲園から住宅地を抜けて北へ歩いて行くとあるのが「お殿様公園(Otonosama Park)」。 公園内には国の重要文化財に指定されている「大洲城三の丸南隅櫓」や「旧加藤家住宅主屋(Old Kato House)」があります。旧加藤家住宅主屋は大正14年(1925年)に建てられた木造2階建。残念ながら中に入ることはできないのですが 立派なお屋敷で見取り図をみると 階段2つ、トイレ3つ、2階の中心には大廊下がありそこから各部屋へ行けるようになっていました。2階を囲むように造られた縁側のガラス障子がとても美しかったです。 最後に大洲の町から車で30分程離れた場所にある「長浜大橋(Nagahama Ohashi Bridge)」へ。現役の道路可動橋では日本最古とのこと。周りに高い建物がないので 真っ赤な橋はすごい存在感。時間が合わず開閉するところは見ることができませんでしたが せっかくなので橋を渡ってみました。 道幅が狭いので車のすぐ横を赤い鉄骨が流れていきます。一時は撤去の危機もあったようで 今回大洲の町で訪れたいくつかの場所もそうですが こうして今に残され見ることができてよかったです。 大洲 Ozu City

  • 当時の姿を今に残す緑をまとった芸予要塞跡 瀬戸内海国立公園 小島 Oshima Island

    当時の姿を今に残す緑をまとった芸予要塞跡 瀬戸内海国立公園 小島 Oshima Island

    愛媛県今治市 瀬戸内海の西に位置する『小島(Oshima Island)』。今治へは景色が綺麗だとすすめられたしまなみ海道を通るために 広島県福山駅から高速バス「しまなみライナー」で向かいました。福山駅をでてから30分ほどでしまなみ海道に入ります。今回はショートトリップで時間があまりなかったので それぞれの島に立ち寄ることなく今治まで。島々を繋ぐ橋からの眺めは最高でバスの中から外の景色を撮影。島に囲まれた海はとても穏やかに見えました。 途中の島で何度か停車しながら1時間半ほどで今治駅へ到着。そこから小島までのフェリーが出ている渡し場とよばれる「波止浜港」へ。波止浜港へ着くとすぐ目の前にフェリー乗り場があり 小島へは “波止浜〜馬島” 間を1日8往復ほど運行しているフェリーに乗って向かいます。 ◇時刻表:波止浜(今治)~来島~小島~馬島 出発の時間が近づき乗り込んだのはこちらの船。貸切状態で景色がよくみえる特等席に座って短い航海を満喫しました。 途中にある来島を経由しても乗船時間は10分程で あっという間に小島に到着。振り返ると波止浜港にそびえるクレーン群が見え 海が穏やかであれば泳いで渡れそうな距離です。 小島は周囲約3kmの小さな島で 明治中期に築かれた「芸予要塞」の遺跡が綺麗な状態でいくつも残されています。港近くに小さな集落があり それ以外にはいくつかの遺跡とそれらを繋ぐ道があるだけなので 約1.8kmの散歩道を観光案内MAP通りに歩いていきます。 小島に上陸してすぐの場所にあった建物。以前は人が住んでいたのだと思いますが 現在は屋根まで蔦がはって全体が緑に覆われていました。自然の力強さを感じつつも 人離れがすすんでいることが伺えます。ただ人工物に入り込んだ緑はなぜか魅力的。 小島の要塞は日露戦争当時 ロシア海軍の瀬戸内侵攻に備え築かれたもの。しかし1902年(明治35年)に完成するも3年後には日露戦争が終わり 1度も使用されることなく完成から20年程で廃止となったそうです。 散歩道を歩き初めて最初にあるのが「発電所跡」。窓枠に嵌められた鉄棒は錆びて朽ちてしまっていますが レンガ壁は100年以上経っているとは思えないほど綺麗な状態した。ちょっと暗いですが建物の中も見て歩けます。 発電所跡を越え 左手に民家の瓦屋根を見ながら進んだ先には1つ目の「砲台跡」。 ここには砲座台と地下兵舎が残っています。草木が生えた地下室の屋根は山の傾斜そのもので 山の中にすっぽりと埋め込まれたような感じ。山と一体化しているという表現がぴったりあいます。 建造物を繋ぐ道は「椿の散歩道」とマップにもある通り 道沿いに椿の木がたくさん植えられていました。椿は春の花で見頃には少し遅い時期でしたが いくつかまだ残っているものもあり少し楽しむことができました。 島の中でも好きだったのは メインの散歩道から左に少し入ったこの道。落ち葉で覆われていますがとても綺麗に舗装されていて アーチ状に幹を伸ばした緑のトンネルが強い日差しを遮り心地よいです。この道を歩いているときに聞こえるのは 乾いた落ち葉を踏みしめる音と鳥の声。あとはときどき海の方から聞こえる船の音だけ。 緑のアーチを抜けた先には「弾薬庫跡」があります。ひらけた場所に出て最初に目に飛び込んでくるのは 一面に広がる黄色い花。あたりには木々の影が落ちていますが そこだけは陽があたって眩しいくらいです。 弾薬庫跡の中に入ると屋根は全てなくなっていましたが 四方の壁はきれいに残っていました。危険な弾薬を貯蔵する場所ということで 山の斜面を掘り下げ山肌が周囲を護るように造られたそうです。現代にあるような優れた重機などがなかった時代 どれだけの技術と労力があったのだろうと想像してしまいます。 まだ散歩道の序盤。緑のアーチを戻り先へすすみます。散歩道の途中ひと休みできる石のベンチが2基 海に向かって並んでいる場所がありました。緑の木々のあいだから来島海峡大橋が見えます。 進んだ先には要塞の中核をなす2つ目の「砲台跡」。綺麗に切り揃えられた石で造られた強固な地下室と山肌を覆う壁がなんとも美しい。1つ1つの石はある程度の大きさがあり この石を運んで切り揃えるだけでも相当な労力が必要だったのではないかと思います。 3つの砲座跡と交互に設置された地下室は 入り口もアーチならば中も壁と天井の境目のない綺麗なアーチ状。 敷地の一番奥には6つ並んだ赤煉瓦の「地下兵舎跡」。こちらも長い年月が経ったとは思えないほど綺麗な状態で 向かいには浄化槽までありました。もちろん全ての建造物の屋根は草木に覆われ 山の一部と化しています。上空から見ればここにこんな建造物があるなんてわからないのではないでしょうか。 兵舎横の細い階段を登った先には「司令塔跡」。 この司令塔は島の中で一番高い場所にあるようで 360°周りの景色が遠くの方までよく見渡せます。ここなら遠くからくる戦艦もいち早く見つけられそうです。 砲台跡を後にしてさらに島の奥へ進むと 2つめの「発電所跡」があります。影になった場所に建っているせいか 今までにはなかった湿度のある独特の雰囲気がありました。 島の一番奥 北側に位置する最後の「砲台跡」。こちらは小規模で 地下室の入り口を覆い隠すように育った大きな木が印象的でした。 その隣は要塞が不要のものとなり廃止処分になった後 大正15年に行われた爆撃演習により唯一爆破された場所です。破壊されたのは一部のみでその残骸が今も当時のまま残っています。爆撃演習には周辺の島々などに多くの観衆が見物に集まったとあったので それなりの規模の爆撃が予定されていたのではないかと推察。 この爆撃演習でも破壊は一部だけにとどまり これだけの要塞を造りながら1度も実践に使われることがなかったおかげで 今この素晴らしい建物群を見ることができます。竣工から100年以上経った今でも美しいまま残っているいくつもの建造物。緑と融合した姿は最高に魅力的でした。 帰りは海沿いの道をとおって船着場まで。大きな来島海峡大橋がのぞめるこの道も最高で 帰りのフェリーの時間ギリギリまでこの島を満喫しました。椿が満開の時期にまた来よう。 瀬戸内海国立公園小島 Setonaikai National Park – Oshima Islandhttp://www.oideya.gr.jp/oshima/